アンマのニューイヤー メッセージ2026

2026年1月1日 アムリタプリの新年
大晦日の夜、アンマは世界へのメッセージとビジョンを語りました。講話の後、一連のダンスプログラムが披露されました。バーラタナティヤムに加え、アンマの美しさと人生を描いたケーララ州の伝統的な寺院アートが、特別なハイライトとなりました。
パフォーマンスの後、アンマは2曲のバジャンを歌い、全員で祈りを21回捧げました。
至福の夜へと旅立つ前に、全員がプラサードのパヤサムを受け取りました。
アンマのニューイヤーメッセージンの抜粋を紹介します
「変化は自然の法則です。春、夏、モンスーン(雨季)、秋、初冬、冬といった季節が次々と訪れ、そして去っていきます。冬が来ると、木々は葉を落とし、過ぎ去った季節の朽ち果てた名残を手放します。
春が訪れると、新しい芽が育ちます。自然は草木で緑に染まり、花々が至る所で咲き誇り、すべての者に喜びと歓びをもたらします。同様に、人生の道を成功に向けて前進するためには、私たちもまた自らの内なる朽ちたものを捨て去らなければなりません。そうすれば、真の春が私たちの人生にも訪れるでしょう。
暦の上で新しい年が始まる時、私たちの内にも新しいものが芽生えなければなりません。周囲の変化とともに、私たちの心構えにも創造的な変化が起こらなければなりません。私たちは過ぎし年を振り返り、自らの失敗や、勝利、得たもの、失ったものをよく査定しなくてはなりません。」
振り返って、前に進みなさい
「ライオンが前進する時、時折立ち止まり、肩越しに後ろを振り返ります。私たちの人生も同じ原則に従うべきで、時々振り返って、『どれだけ進歩しただろうか?』と見極めるべきです。私たちは新しい目標を設定し、新たな決意を固め、次の一歩を計画しなければなりません。定めたら、その後は現在に100%集中しなければなりません。
時間は、否応なしに変化していきます。しかし、私たちの内に変化が起こるためには、自分の決意と努力が必要です。自分の今日を創ったのは、昨日までの自分です。同様に、自分の明日を形作りつつあるのは、今日の—まさにこの瞬間の—行動なのです。それゆえ、注意を現在の瞬間に集中させなさい。それを適切に活用しなさい。
何をすべきかを考えることに加えて、私たちは何になるべきか、どうあるべきかについても考えなければなりません。真の平和の空に飛びたつためには、心配事や不満という重荷を軽くしなければなりません。」
心から笑えるようになりなさい
「私たちの人生は、他人の言葉—その称賛や批判—や、他人の成功や失敗に左右されるべきではありません。幸福は私たちの生まれながらの権利です。微笑むか微笑まないかは私たちのチョイスです。今日、私たちの娯楽は他人をからかい、笑い物にすることにあります。
そうではなく、私たちは自分自身の愚かな瞬間を思い出し、自分自身を笑うよう努めなければなりません。真の幸福とは、他のすべてを忘れ、神を思い起こす状態です。それが本当の笑い—心の奥底から湧き上がる喜びです。私たちはそこまで高まろうではないですか。
人生には二種類の富があります—物質的な富とスピリチュアルな富です。幸福、平安、愛、友情、知識、そして道徳的価値観はスピリチュアルな富です。これらはより大きな重要性をもちます。なぜなら、これだけが真の満足をもたらし、人生を意味あるものにするからです」
意識、慈悲、努力、ゆだね
「内面的および外面的な変容のためには、四つの原則が不可欠です。第一は意識、第二は慈悲、第三は努力、そして第四は神へのゆだねです。これら四つが一つになった時、私たちの人生には、すばらしい一章の始まりが刻まれるのです。
新年は、途切れることのない時の流れを、私たちに思い起こさせます。人生とは、行為とその結果が連続的に流れているものなのです。運命は自ら創り出すものです。神は私たちにキャンバスを与えてくださいました。それに書き込む筆は私たちの手の中にあります。運命とは、私たちが自らの様々な行為を通じて、自分自身のために書くものなのです。
神の意図は、私たちをカルマ(業)の束縛から解放することにあるのです。悲しみと苦しみのセットは人生の一部ではあるけれど、神聖なる存在は最終的に、私たちをこの二つのペアを超えて引き上げようとしています。だから、私たちは決して神を責めることはできません。私たちには人生のほんの小さな断片しか見えていないのですが、神聖なる存在は完全なる智慧のベースで働いているのです」
バクティが発見へと導く
「人間の人生において最も美しいものは何かと問われれば、それはバクティ、神への純粋な愛です。悲しみと苦しみという深い闇の中で、帰依は私たちの手を握り、前へと導く光です。それは、あらゆる心の不純物を洗い流す聖なるガンジス河のようなものです。純粋な帰依と純粋な愛を得た時、人生は祝福されたものとなる。
バクティは単なる感情ではありません。それは智慧です。それは内なる充足であり、真の自己の発見です。そのようなバクティは、最も勇敢な者にのみ可能となります。愛は内から目覚め、その信仰は盲目ではありません。その信仰こそが最も光り輝くものです。それは愛へと導き、最終的にはゆだねへと至るのです」
ゆだねることで至高の勝利へと至ります
「ゆだねることは、奴隷になることではありません。それは一つになることです。ついには最高の勝利であるワンネスへと至ります。愛情が愛へと成熟し、愛がゆだねへと熟した時、個人の魂が至高の魂と融合します。
私たちに必要なのは、狭い了見にとどまって満足している心ではなく、広い心です。広い心をもって揺らぐことなく着実に前進するのです。誰でも新年の決意をしますが、決意を守る人は多くありません。絶え間なく努力し続けなさい。転ぶこともあるでしょう。もし倒れたとしても、そこに横たわって嘆いてはなりません。もう一度立ち上がる努力をしなさい。その精神と態度を培いなさい」
他の人を立ち上がらせ、自分も立ち上がりなさい
「自分自身を目覚めさせなさい。自分自身を高めなさい。他者が立ち上がることも助けなさい。時には、他者の悲しみに耳を傾けなければならないことが出てくるでしょう。しかし、自分が得たなにがしかの理解を彼らに話してみたらよいです。それこそが、私たちが今生成し遂げるべきことなのです。
新しい年が、平和と幸福が世界中に踊るような年となりますように。私たちが意義深い2026年を、私たちを目標へと近づける年を実現できますように。私のすべての子どもたちがこれを成し遂げられるよう、神聖なる恵みが祝福してくださいますように」
