アンマの 2023 C-20開会式講演の全文

1月16日に、インド議長国で開催されるG20サミットのための市民社会20(C20)開会セレモニーが、アムリタプリで開催されました。アンマはC20の議長を務めます。このC20は、もろもろの市民社会組織の抱える懸念や関心事を世界主要経済国の国家指導者達に提言することを目的としています。今年のG20サミットをホストするインドでは、G20サミットは今年9月にニューデリーで開催されることになります。 

2023年1月16日

アンマは、純粋な愛と至高の自己の化身である皆様にひれ伏します。

今日はまさに吉祥な日となりました。私たちは、世界の衰えゆく光を取り戻す使命に着手しました。今年は、インドが G20 諸国の議長国に就任する機会を得た歴史的な年です。インド政府とシュリ・ナレンドラ・モディ首相は、G20フォーラムの公式グループである市民社会20 (C20) の使命を成功に導くという非常に大きな責任を私たちにくださいました。この試みにどうか正義をもたらすことができますように祈ります。この場を借りて、インド政府ならびに首相閣下に心から感謝の意を表します。

人間の体は、この世界の他のすべてのものと同様に、地、水、火、空気、空間の 5 つの要素で構成されています。これらの 5 つの要素は、自然界に由来します。これが、人間と自然が一体である理由です。インドの古代のリシ(賢者)たちは直接的な体験を通してこの真実を知っていて、『ヴァスダイヴァ・クトゥンバカム――「世界はひとつの家族」』と宣言したのでした

したがって、インドの G20 議長国のテーマが、ウパニシャッド聖典からのこの言葉「ワンアース、ワンファミリー(One Earth, One Family)」であることはまことに適切なことです。

C20 フォーラムの主な任務は、人々が直面する問題をそれぞれの専門分野で解決し、世論を理解し、人々がさまざまな分野で直面している問題を研究し、それらにインド政府と G20 諸国に目を向けさせ、解決策を提案することです。

人類は、生活を便利で快適にするために、常にさまざまな方法を試しています。それは多くの力に依存しています。そのため、どの国も軍事力、経済力、科学技術力の面で国としての国力を伸ばす努力を続けています。安全と進歩の観点から、そのすべてが必要です。しかし、これらの分野で自分自身を強化することを急ぐあまり、私たちはさらに強力な大自然の力を忘れてしまいました。私たちは、この広大な宇宙の一部であるという大きな真実を忘れてしまいました。最近、大自然は私たちにこの真実を思い起こさせる一連の「ショック療法」を与えてきました.それでも、私たちはまるでアルツハイマー病にかかっているかのように振る舞い続け、受けた教訓を思い出すことができないでいます。

人類は知識の頂上に到達するために努力すべきです。必要とされる研究はすべて、実施されるべきです。しかしアンマは、霊性の思考や霊性の原則に基づいて確立された生き方の持つ力を調査する準備も整えておくべきだと感じています。大自然と宇宙が私たちに送り続けているヒントから、その必要性を理解する必要があります。そうして初めて、私たちは「ヴァスダイヴァ・クタンバカム」の原則をいささかでも成就することができるでしょう。

今日、私たちの状況は、すべてを持っているにもかかわらず、本当には何も持っていないという状況です。 非常に明確なことが一つあります。人類が大自然から遠ざかれば遠ざかるほど、私たちの問題は増えるばかりです。大自然は神の顔の現れです。

人類は、自然は私たちの従順なしもべであり意識がないという誤った理解を持っているため、自分の好きなように自然を取り扱っていられます。しかし、真実は、自然界はひとつながりの体、つまり単一の存在です。体の各部分が不可分につながっているように、自然界のすべての側面は、意識のあるものも意識のないものも相互につながっています。それらはすべて大自然の体の一部です。これが、環境保護に結びつけられない限り、開発が持続不可能である理由です。本当に持続可能な開発を望むなら、会議やサミットを開催し、賞を授与し、政策や法律を制定するだけでは十分ではありません。人類の態度が変わらなければならないのです。私たちの態度を変えることができれば、周りの環境を変えることができます。

地、水、火、空気、空間がなければ、どうやって生きていけるでしょうか? この 5つの要素が私たちの体の基本です。ですから、自然は内と外の両方に存在します。この地球に住んでいる私たちは、同じ人間や自然を無視したり拒否したりすることがよくあります。私たちは自分の利己的な欲望と貪欲を満たすことだけに努めています。同時に、私たちは天国を与えてくださるよう神に祈っています。なんという矛盾でしょう!

今世紀のほぼ4分の1が経過したこの時点で、私たちの世界はどのような状態になっているのでしょうか? 目を閉じて、地図に指を置いてください。そして、目を開けて、どの大陸と国に指が着地したか見てみましょう。それがどこであっても、そこが平和で紛争がない場所かどうかを調べてみてください。そこにいるすべての人たちの渇きと飢えを満たすのに十分な飲み水と食べ物はありますか? すべての人の頭上に屋根がありますか? そして着る服はどうですか? 誰もが適時に医療を利用できますか? 女性と子供は安全ですか? アンマが言わなくても、誰もが答えを知っているでしょう。

唯一の違いは、お金持ちは涙を流しながら周りを贅沢品に囲まれているのに対して、貧乏人は涙を流しながら雨漏りのする屋根の下で壊れた椅子に座っているということです。多くの市民組織や個人が、解決策を見つけて人道的活動を行うことに積極的に取り組んでいます。しかし、それらは海に落ちる小さな雨のしずくにすぎません。しかし、それらが砂漠に落ちるとき、そのような小さな一滴でさえ、何らかの利益をもたらすのです。それらの場所を理解して適切に使えば、世界に喜び、平和、健康をもたらすことができます。

アンマは、人々と交流するときは、彼らのレベルで会うべきだとよく言います。私たちは、108の村を引き取りました。村の1つを初めて訪れたとき、アシュラムのボランティアは、村のすべての農民が自殺を考えていることを知りました。どうしてでしょう? 彼らは農作物の不作続きで、すべてを失いました。借りていた資金は失われ、ローンの利子さえ払えなくなりました。目の前にあった唯一の出口は死だったのです。作物は5年連続で不作でした。

私たちのボランティアは一連の過程を見ました。農民はどこから肥料を購入していたでしょうか? 彼らは、農民が肥料に法外な金額を支払っていることを見つけました。だまされていたのです。ボランティアが介入し、公正な価格で購入する手助けをしました。彼らは農家の目を現代的な農業のやり方に向けさせました。翌年、これらの農家は豊作になりました。彼らは5年間保留されていたローンを返済することができ、その年に生活するのに十分な利益を上げました。その年、村人たち全員が、明るい笑顔を顔に輝かせて訪れ、アンマに収穫した米を少し捧げるためにアンマに会いに来ました。私たちは彼らを物質的にも精神的にも高揚させることができました。したがって、正しい認識を与えることが不可欠です。これが、アンマが常々彼らのレベルで会うべきだと言っている理由です。

一般の『ダルシャン』は公式に言明されていませんが、人々はアンマに会いに来ています。昨年は、アンマは少なくとも30万人に会いました。これは、制限が適用されたためですが、通常、アンマは少なくとも年間100万人と会っています。パンデミックの終息にともない、子供たちは学校や大学に戻りました。アシュラムの教育機関では、約15万人の生徒が学んでいます。そのため、アンマは、パンデミックが若者にどのような影響を与えたかを理解しています。世界中で、パンデミック後の生徒達に大きな変化がおこっています。子供たちは屋内に座って、コンピューターの画面と携帯電話だけを見ています。多くの親は、子供たちの心の健康に影響がおよんでいるとアンマに打ち明けています。彼らは不眠症です。学校に行きたがりません。このようにアンマに話すと、多くの親が泣き出します。多くが勉学への興味を失いました。多くの若者が、オンラインで薬物を注文し、配送してもらい、自宅でこっそりと使用することを学びました。そのため、現在世界中には、新たな多くの薬物使用者や中毒者がいます。

自分の子供が携帯電話に夢中になっていて、より良い機種を定期的に欲しがってくると不満を漏らす母親もいます。親の約40%が子供を連れてアンマのところに来るので、アンマは親の懸念の妥当性、つまり子供の変化を自分の目で見てきました。アンマは、彼らの心が非常に弱くなっていることに気づきました。彼らの人生は、セメントなしでレンガを積み上げて造った高いタワーのようになりました。それはわずかなそよ風で倒れてしまうでしょう。才能はあるかもしれませんが、心の強さは失われてしまいました。

多くの子供たちが自殺しました。さらに多くの人に自殺傾向があります。アンマは、リストカットの傷跡も見てきました。

私たちの大学の教授の何人かが、パンデミック後の学生の行動の変化についてアンマに話しました。学生たちは、授業が終わると、外の木々にもたれかかるためだけに駆け出し、地面に寝そべって携帯電話を見つめます。たとえ教授が近づいてきたり、学生の近くに座っていたとしても、彼らは立ち上がったり、携帯電話から目を上げたりしません。彼らはまったく敬意を払いません。教授たちは言いました。「学生たちの傲慢な振る舞いを非常に懸念しています。私たちが学生だったとき、このように振る舞うことはありませんでした」

別の教授は次のように述べています。「学生たちは教室の外に出るやいなや、ヘッドフォンを差し込んで、何かを聴くかあるいは誰かと携帯で話すのです。ある日、年配の教授のが誤ってつまずいて転びました。彼は助けを求めて叫びましたが、生徒の誰もそれが聞こえませんでした。全員ヘッドフォンをつけていました」。教師と生徒の絆は大幅に弱まりました。携帯電話をずっと見ていて、生徒たちはロボットのようになっています。彼らは思いやりを失いました。年長者への敬意と教師への感謝は、昔に比べて大幅に低下しています。彼らは他人の悲しみを理解することができません。

このようなままだと、社会はすぐに交通法規を一つも守らずに車を運転するようなものになってしまいます。誰もが相手を倒し、最終的にはみなが滅びるでしょう。全世界の維持は思いやりにかかっています。それが失われると、すべてが失われます。そうすれば、私たちも自分自身から遠ざかります。若者がストレスにさらされると、多くが薬物やアルコールに目を向けます。彼らは、神が自分たちの「平和をもたらす者」であることを望んでいません。

スピリチュアリティは、自分の心に、様々な状況を適材適所に割り振るということを教えます。そのような原理は、バガヴァッド・ギーターなどの聖典に示されています。しかし、彼らはこれを学ぶ代わりに、神と聖典を非難し、盲目的な迷信であるとレッテルを貼ります。そして物事が立ちゆかなくなると、お酒を飲んだり薬物を摂取したりします。最終的には、家族全体が不和と対立に陥ります。子供の生き様を見て、親も生きる気力をなくしてしまいます。

私たちは、戦争以上に、自分の子供たちの状態を恐れる必要があるように見えます。すべての国は、自国の若者の精神的健康を強化するために予算を増やすべきです。それは防衛よりもはるかに必要です。私たちは彼らに自分の心を管理する方法を教えなければなりません。農業の学位を持っている人は、簡単に作物を育てることができます。彼らは、どの害虫や病気に注意すべきか、また発生した場合の対処方法を知っています。

世界は花のようなものです。花びらの1つに害虫が発生すると、残りの花に影響を与えます。同様に、ある国が問題を抱えている場合、他のすべての国も影響を受けます。個人が影響を受けると、家族も影響を受けます。そこから社会へと広がっていきます。社会から国へ、国から世界へと広がっていきます。

人々はよく、「ああ、それは彼らの問題であって、私たちの問題ではありません!」と言います。それは本当ではありません。私たちの問題になるのは、しばしば他人の未解決の問題です。たとえば、10階建てのビルの1階で火災が発生したとします。そのフロアの人々は、慌てふためいて走り、「助けて! 助けて! 誰か、来てください! 火消しを手伝ってください!」と叫んでいます。10階の人々が「それはあなたの問題ですよ。私たちの問題ではありません!」と言って、わざわざ助けにいかなかったらどうでしょう? どうなるでしょうか? 火は上へと広がります。彼らの未解決の問題は、最終的には私たちのものになります。ですから、他人の問題だと言って助けを求める声を決して無視してはなりません。

世界のどこに行っても、私たちが最初に尋ねる質問は、「インターネットはありますか?」です。 「そこでネット接続はできますか?」、「その家でネット接続はできますか?」「そのホテルでネット接続はできますか?」。それができなければ、私たちは水から上げられた魚のようになり、眠ることもできません。実際、スピリチュアリティはインナーネット(内側のネット)です。その接続が強ければ、外部の状況が私たちを邪魔したり、ストレスを与えたりすることはありません。状況に適応しながらも同時に思いやり深くあることができます。許して、忘れて、耐えて、恩返しする能力を私たちに与えてくれます。私たちは喜んでこれを行うことができます。これが私たちがスピリチュアリティと呼んでいるものです。

かつて、世界の人々の一般的な態度について調査が行われました。各国の市民に尋ねられた質問は1つだけでした。「世界の他の国々で実施されている食料不足を克服するための戦略について、どうか率直な意見を述べてください」

ある国の人々はこう答えました。「食料? それは何ですか?」。他の国の一部の人々は「正直ですって? それは何ですか?」。「意見」の意味すら分からない人もいました。「どうか」という言葉はどういう意味ですか?と尋ねた人もいました。「他の国」が何を意味するのか分からない人もいました。これが私たちの世界の状態です。この世界で成功を収めるには、誰もが他の人を意識する必要があります。

物質的な領域でこれを外部に達成することは不可能です。世界から多様性を取り除くことはできません。しかし、多様性は欠点でも制限でもありません。貴重な機会です。多様性の中にたった一つのものを、すなわち真理を見る機会です。

私たちが与えたものは、私たちに戻ってきます。子供の頃、私の母は、川はデーヴィ(女神)の化身であり、毎日の沐浴時に絶対に排尿したり唾を吐いたりしてはいけないと教えてくれました。川に入るたびに水が冷たくて小便がしたくなりましたが、母の言葉を思い出してスイッチのようにその衝動を消すことができました。私は自分自身をコントロールすることができました。その得をしたのは私でした。次回沐浴に行ったときも、きれいな水に浸かることができたからです。川で小便をしない価値を教えてもらったので、自制できました。小さいうちに価値観を理解すれば、低レベルの衝動、否定的な考えや感情をコントロールできるようになります。現在、誰も自分の感情をコントロールすることはできません。人はますます地球の重力場を逃れたロケットのようになりつつあり、自分がどこに向かっているのかわかりません。したがって、私たちは子供たちに適切な価値観を植え付けなければなりません。

アンマは、統合的なヘルスケア、男女平等、科学技術が、C20の作業の一部であることを理解しています。今日、ほとんどの人は健康を身体に関連するものとしてのみ認識しています。しかし、人間の存在は身体のレベルだけではありません。心、知性、感情の健康も重要です。さらに、私たちは、すべてに意識を吹き込む、すべてに浸透している生命力、『アートマ・シャクティ』の強さを認識しなければなりません。これらすべての要素を人生において等しく重要視するとき、ヘルスケアの意味は完全になります。

現代医学と治療体系は確かに重要であり、役割を持っています。しかし、真のヘルスケアは、病気になったときに治療を受けるだけではありません。本当は、大自然が私たちの最も近い味方なのです、私たち自身が大自然なのですから。したがって、大自然と調和しながら動くことが、全人的な健康にとって最も重要です。

私たちの大学は、人々が多くの廃棄物が投棄された土壌について調査を行いました。土壌は非常に有毒であることが判明しました。その後、多くの苗木が植えられ、その3年後に土壌を再テストしました。土壌はきれいで無毒であるという結果が出ました。これは、木の根がどれほど土壌の毒性を吸収、処理し、浄化するかを証明しています。さらに、木は大気を浄化し、呼吸するためのきれいな空気を私たちに与えてくれます。

私たちの先祖は、木を神聖な存在として崇拝していました。子供の頃、人々が木を切る前に木の下で許しを請うているのを見ました。それは、与えられたものに対する感謝の気持ちを表す方法でした。そのような信仰心を「原始的」と呼ぶ人もいますが、アンマは実際的だと感じています。少し道を引き返して、もう一度あの時代を訪れてみる必要があるかもしれません。大自然とつながってその恵みを受けることなしには、全人的な健康はありえません。

60年ほど前、村で子供時代を過ごしていた頃、擦り傷や傷に乾いた牛糞を塗ると治りました。今日そんなことをしたら、傷は確実に感染するでしょう。そのため、かつては治癒効果があった牛の糞が、今日では有害になっています。なぜでしょう? 以前は、牛には自然な飼料が与えられていたからです。稲作には化学薬品が散布されたことはありませんでした。しかし今日、ほとんどすべての作物に有毒な化学物質が散布されています。牛はこれを食べます。牛の飼料には化学物質と骨粉が含まれています。牛乳は以前と同じ品質を保っていません。それは私たちの空腹を和らげるかもしれませんが、私たちの免疫力も損なわれます。より大量の牛乳を得ることができるかもしれませんが、多くの病気も発生します。

もし科学が作物に5%の殺虫剤と化学薬品を散布することを許したら、多くの人は利益を増やすために約25%の散布を行います。私たちの体と心は汚染されています。アンマは、それらの使用を完全にやめろと言っているわけではありません。より厳しい規制が必要です。

男女平等に関して、多くの国はいまだに女性を劣ったものとして扱っています。科学技術が発展し、世界は目覚ましい進歩を遂げました。人類はますます教養を備えています。それにもかかわらず、心のどこかで、女性の平等を認めることへの大きな抵抗と精神的ブロックがまだあります。世界中の15歳から19歳までの思春期の少女のうち、4人に1人が教育と雇用を拒否されています。男の子の場合、この統計は10人に1人です。

もう1つの重要なトピックは、取り残された様々な層の子供や女性に力を与えることです。私たちは、彼らの手を握り、彼らが脆弱性から逃れるのを助けることを『ヤグニャ』(神聖な仕事)と見なすべきです。彼らの隠された能力を無駄にすべきではありません。彼らにも社会にも利益をもたらしません。

アシュラムは、長年にわたり25の州の村々を支援してきました。最初に、アンマは108の村を引き取るように指示しました。それで、村を訪ねて女性に技術を教えていたとき、村の男たちは「女を働かせて生きていくのは嫌だ。女が働き始めると、傲慢になる。私たちに従わなくなる」と言ったものでした。これは多くの男性の考え方です。彼らは子供の頃からこのように考えるように条件づけられてきたので、アンマは彼らを責めているわけではありません。

そのため、私たちは彼女たちが自宅でできるスキルを教えました。女性たちは、受けた訓練で仕事を始め、お金を稼ぎ始めました。しかし、一部の場所では、男性は頑なすぎました。私たちが学んだこのような出来事は何千もあります。女性が抑圧されると、世界は人口の50%の生産的貢献を失います。

女性が立ち上がって前に進むとき、男性は女性のために道を切り開き、道を整える必要さえあります。男性は一方通行であることをやめ、広い幹線道路になるよう努めるべきです。男性のように筋力を発達させようとする代わりに、女性はハートの筋肉を発達させようとするべきです。それが、アンマがマラヤーラム語の『タンテーディ』という言葉で意味していること、勇気があるということです。自信を失うことなく、来るものを受け入れて前進する準備ができていなければなりません。私たちは彼女たちが成功するための環境を作る必要があります。そうでなければ、社会にとって大きな損失となります。

アンマは何百万人もの人々に会ってきました。私たちの大学で勉強している女の子たちの間でさえ、両親は彼女たちが学士号を取得したら結婚するよう圧力をかけます。博士号を取得することを許可されている者はほとんどいません。両親は、博士号を取得する頃には結婚適齢期を過ぎており、夫を見つけるのは難しいだろうと言って引き止めます。学生はアンマのところに来て、「アンマ、私は博士号を取得したいのですが、両親は私に仕事を探すように言うんです」と言います。そこで、アンマは学生に奨学金を提供するシステムを導入しました。そこでは、仕事から受け取るのと同じ報酬が提供されます。生徒たちは才能に恵まれていました。すぐに、アンマは100人の博士号奨学金を提供し、女の子たちが博士号を取得するよう奨励しました。彼女たちの多くは現在、博士号を取得しています。才能を十分に磨き上げて、権威ある雑誌に発表しています。多くが博士号を取得し、結婚もしています。

娘たちが結婚できないのではないかと恐れて生活しているなら、何かを成し遂げることができるでしょうか? 環境を整えれば、きっと才能を発揮して社会の役に立つはずです。

1つはっきりしていることがあります。人類が現在直面している、そして将来も直面しなければならない残虐行為に対する恒久的な解決策を望むなら、私たちは進んで自分の内部の気候を変えなければならないということです。地球温暖化であれ気候変動であれ、外部環境で起こっていることは、私たちの心にある過酷な気候の反映にすぎません。今日、人々はほとんどの時間とエネルギーを、土地でも、自然でも、神でも、目に映るものすべてに自分の名前と住所を貼りつけることに費やしています。私たちは、「私」と「私のもの」という態度で、すべてに対して自分の所有権を主張し、確立しようとします。この態度が大きくなると、私たちは自分自身の最悪の敵になります。

アンマはこの点について次のような話を思い出します。あるとき、一匹の犬が世界中を旅したいという深い欲求を感じました。彼は旅に出ました。長い間旅をした後、ついに家に戻ってきました。犬の友達が彼を訪ねてきて、旅行について尋ねました。「旅はどうだった?」「途中で困ったことはなかった?」と言いました。

旅をした犬は「ううん、誰からも迷惑を受けたことはなかったよ。誰もが僕の道を進ませてくれた。僕が悩まされたのは、同胞たち、つまり他の犬だけだった。どこへ行っても、彼らは僕に襲いかかって、吠えたり、噛んだりしたんだ。容赦なく僕を追いかけ、平和を与えてくれなかった!」

今日の人類の状態は、この犬の状態に似ています。人々は世界のどこにいても、自分自身の最悪の敵です。もっと正確に言えば、人間自身の心が敵であると同時に味方でもあるのです。しかし、私たちの思考と行為の源は私たち自身の心であるのだから、それを正すことを真摯に望むのであれば、私たちの教育機関のカリキュラムの一部としてスピリチュアルな価値観を取り入れるべきです。

私たちのアシュラム(僧院)には、世界中から集まった約200人の子供たちがいます。年に数か月ここに滞在する人もいます。彼らはバガヴァッド・ギーターと聖典のクラスに参加します。以前は、他の子供がおもちゃを触っただけでかんしゃくを起こしていた子供が、スピリチュアルな教えを聞くと、同じおもちゃを他の子供たちと共有することができます。友達の誕生日には、それらのおもちゃをプレゼントすることもあります。会話の中で、子供たちは、別の子供の誕生日にお気に入りのおもちゃをどうやって譲ったか、そして、おもちゃを自分のものにするよりも、プレゼントするほうが幸せだと感じたことを話しています。霊的な教えに耳を傾けたこれらの子供たちは、自分のために何かを得るよりも分かち合うことに喜びを感じました。これは、スピリチュアルな教えが適切に吸収されると、私たちの心が広がり、意識が高まることを意味します。

サンスクリット語の『サンスカーラ』は、「カルチャー(文化)」または「時間をかけて洗練されたもの」を意味します。「カルチャー(培養)」は、実験室においては、診断のために増殖するのに適した環境を与えられた細菌の小さな標本を指します。それは、病気を特定し、適切な治療を提供するために行われます。同様に、アシュラムカルチャー(培養・文化)の一部が子供たちに浸透し、成長するのに役立つ環境が与えられたとき、それはすべての子供たちの中で同じように花開きました。子供たちは、学んだことの実践も始めました。小さな子供でも、正しいことと間違っていることを認識することができます。

識別力を使って考える子供もいます。「ああ、そのおもちゃは自分が欲しいものだろうか、それとも自分に必要なものだろうか? いや、必要ない。むしろ、貧しい子供にお金をあげたい」。彼らは幼い年齢でこれを行うことができます。アルファベットを学んでさえいなくても、彼らは慈善行為を始めました。これを見て、アンマは幼い頃から慈善と『ダルマ』(何が正しい行いかを理解して実行すること)という価値観を子供たちに教え込むことが可能であると信じています。彼らはお互いに愛と親密さで溢れています。1人が病気になると、全員が電話をかけて様子を尋ねます。アンマは、幼い頃から子供たちを訓練すれば、確かにそのような前向きな変化をもたらすことができると信じています。

自分の欲望ではなく、自分の必要を満たすことに集中すれば、この地球を天国にすることができます。花の咲く美しい庭を思い浮かべてください。たくさんの子供たちが庭にいて、走ったり、笑ったり、楽しそうに遊んでいます。花の間を蝶が舞い、幸せに蜜を吸っています。アンマは、世界がこの美しく平和な庭のようであることを願っています。羽ばたきする蝶は、世界中のすべての人々が喜びに満ちあふれて生きることを意味します。誰もが正当な分け前を得るでしょう。これを達成するために、所有しているものすべてを手放す必要はありません。自分の分け前を少し与えるだけでよいのです。そうすれば、私たちは世界から疎外された孤立した島にはなりません。私たちは生命連鎖の結び目の環になります。

個人、家族、社会の成長と進歩のためには、適切な文化が開発されなければなりません。そのための環境は、私たちの心の中で開発されなければなりません。これが成長するための環境は、私たちの家庭や教育機関で提供されるべきです。

アンマは、現時点で特に重要で関連性があると考えるいくつかのことを提案したいと思います。

  1. 幼稚園から12年生(高校3年生)まで、および大学教育において、思いやりと無私無欲を教えるコースを作る必要があります。無私無欲と思いやりの素晴らしさのすべての側面を含む必須科目の教科書を導入しなければなりません。
  2. すべての子供は、自分の誕生日に木を植え、愛と思いやりを持って世話をする方法を教えられなければなりません。森に蒔けるように、100粒の種と少量の肥料の入った紙の種だんごを作るよう彼らに勧めるべきです。森の中で種が育つのに、水や肥料は必要ありません。落ち葉そのものが土を豊かにし、植物に栄養を与えます。その種が一つでも芽を出し、成長すれば、私たちは自然の小さな部分を取り戻すことができます。全員がそれを行うように決心できれば良いでしょう。
  3. 多国籍企業や企業の支援を受けて、村を引き取るプロジェクトを開発する必要があります。そしてそこに、学校、大学、病院、そして小規模産業を設立する必要があります。
  4. 子供の頃から、男の子は女性と女の子に敬意を持って接するように教えられなければなりません。愛という性質をアイドルにするように子供たちに教えてください。就学前から、神は愛であり、愛は神であることを子供たちに理解させてください。
  5. 各自のコースを修了する前に、学生は貧しい村を訪問するべきです。そのような村に数日間滞在することで、彼らは一般の人々が直面する日常的な問題に直面し、この経験をもとに、彼らを高揚させるためのコースプロジェクトを設計することができます。彼らが冷酷な利己主義と競争の世界に入る前に、この経験は彼らの心に思いやりと無私無欲の種をまきます。大自然の無限の力の前に謙虚に頭を下げることを教えてくれます。大自然がお世話してくれることは、生みの母親や父親が与えられるものをはるかに超えています。この素晴らしい贈り物に対して、私たちは感謝を表明しなければなりません。
  6. すべての宗教の指導者は、信者たちに包容力を持ち、宗教に基づいて誰も差別しないように教えなければなりません。
  7. すべての教育機関において、一番下から最高学年までの生徒に、科学技術を識別力を持って使用できるように訓練し、それを実践する機会を与えることが必須とされるべきです。
  8. すべての学校と大学で、カウンセリング サービスを利用できるようにする必要があります。コロナパンデミックが始まって以来、多くの学生がうつ病に苦しんでいます。適切なタイミングでカウンセリングを受けたため、多くの学生が薬を使わずにそれから抜け出すのを見てきました。カウンセリングを選ばなかった人は、薬を服用しなければなりませんでした。私たちは若者の心の健康問題に注意を払い、認識する必要があり、そのようなサービスは大きな助けになるでしょう。

心を一つにし、目標を一つにして、世界のために無私無欲に働きましょう。私たちの行為が、後に続く人々にとって崇高な理想となりますように。私たちの命の木が愛の土にしっかりと根を下ろしますように。私たちの善行がその葉となりますように。私たちの優しい言葉がその花になりますように。平和がその実でありますように。この世界が、愛で結ばれた一つの家族として成長し、繁栄しますように。『ヴァスダイヴァ・クトゥンバカム』―「世界はひとつの家族」―の精神が目覚め、実践され、すべての人の中に果実を結びますように。平和と調和が終わりなく続く世界を私たちが実現することができますように。神の恩寵が私たち全員を祝福しますように。

『オーム ナマ シヴァヤ』

英文はこちらのamritaworld.orgへ

Amma’s Full Address: Inauguration of India's Civil 20 2023 - amritaworld.org

On January 16th, the Inaugural Ceremony of  the Civil 20 Working Group (C20) for India’s G20 Presidency was held in Amritapuri. Amma is the Chair of C20,