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私達はみなコロナウイルスの手の中から再び自由を取り戻せる日を待ち望んでいます。誰もが希望と光の新世界を迎える日を待っています。今ここで 固く決意しなくてはならないのは 自然がこの期間に教えた教訓を決して忘れないように、また私達が過去に犯した過ちを絶対繰り返さないように、ということです。

これからの1歩1歩は細心の注意で進まねばなりません。どんなことに注意が必要でしょうか?一番大切なことは自分達の思い、言葉、行為において適度を実践することです。誰にでも弱点と限界があります。ダルマに沿った必要性や欲求を満たすことになんの悪いこともありません。自然は私達のそれを助けて支援するでしょう。しかし、改めねばならないのは人類至上という態度と、自然すべてに私達の権利があるという態度です。私達の傲慢さはとどまるところを知りません。自分達は最も偉大で最強だと思っています。今、神はこのウイルスの姿となって私達の頭を叩きました。遅まきながら目を覚まして注意深く進まねばなりません。

「私は」「私の」という狭く利己的な精神から、世界中の生き物を包みこむ精神まで昇らねばなりません。そんな心構えで行動するべきです。人間の思いと行動はすべてエゴを中心に周っています。その心構えは変わらねばなりません。人間のナルシスト的見方のせいで人は池に映る自分の顔しか見ません。水面に映る木々や自然を見なくなりました。それはいつまで続けられません。すべてを愛と畏敬の念をもって感謝し受け取らねばなりません。

現代は情報化時代です。しかし、情報が頭の中だけにあるなら、自分にも他人にも重荷なだけです。頭の中の情報はハートに知識として入らねばなりません。それで初めて識別の明かりが内に生まれます。その明かりが内に現れた時に慈悲の目でもって、他の生き物たちを見られることでしょう。でなければ、将来もっと大きく危険な大災害を耐えねばならないかもしれません。時と自然の力に私達が完全に飲み込まれる可能性すらあります

2人の野生生物カメラマンが森を歩いていました。突然行く手に大きなライオンが飛び込んできました。カメラマン2人は恐怖におののきました。一人が口の端でもう一人に囁きました。「動くな!息もするな!石のようにじっとしてろ。本で読んだことを覚えているかい?じっと動かずにライオンの目を見ていれば、行ってしまうんだ。

もう一人が答えました「ああ、その通りさ。本でそう読んだよ。でもこのライオンもあの本を読んだかなぁ?本とこれは別だよ、だから逃げろ!」

本で読むことと現実の人生はしばしば違います。現実に向き合って初めて私達は学ぶのです。人生は本で読んだ通りではありません。大学で学ぶことは宇宙から学ぶことの一割にもなりません。宇宙では、私達はあらゆる生き物から学びます。ちっぽけな蚊やアリのような存在からも学びます。普遍の宇宙から普遍の学びをすることが真の最高学府です。本当の学びは体験を通してのみ得られます。それが無邪気な子供と成熟した大人の違いです。

本を読めば確かに知識を得られますが、経験が唯一の真の先生です。本には人生は喜ぶもので悲しむものではないとあります。でも、お葬式の場で冗談や笑い声は適切ですか?私達は現実の場での体験から学ぶのです。特定の状況を体験したときに、そこで特定の教訓を学んだと言えるのです。

今は、私達の知性はひねくれています。もしも事故で誰かが重傷を負えば、そんな知性は商売しか考えないものです。「ライムソーダがどれだけ事故現場で売れることだろう!」。そんな商売の心持ちが増えています

人は管理学を学びますが、自分をどう管理して良いか知りません。人は会社やビジネスの経営管理ができるようにMBAを取ります。500人の会社を管理することは500の心を管理するということです。それでも私達は自分の考えや心を管理できるようになりません。外界の物事を管理するのとちょうど同じように。内面の世界と心を管理できるようにならねばなりません